Topics from the Museums in the World 11(世界のミュージアム 11)
December 2002, Volume 65
Museum der Dinge  −モノ博物館−




 今は地理的にも街の中心で、昔の壁のすぐ近くにマルチン・グロピウス・バウという建物がある。このほぼ立方体である巨大な建物の3階奥にこの博物館がある。名前はモノ博物館。1階、2階では例えばある世紀、時代を検証するなどのテーマの巨大な大物展示をよく行っている。テーマは大味でもそれを満足させるだけの量が待っている。だから気合いを入れていかなければならない場所だ。

 メインの展示を見終わった疲れた足であるが、もう一階上へどうぞと誘う“モノ博物館”の看板がある。モノ?ときいて、あのモノ、そのモノが思い浮かぶ。そう、単にモノを集めた博物館。歴史的、デザイン的な価値があるからという理由はここにはなく、日常の中にあるモノだから集められ、展示されているのだ。下の会場とは大きく違い、3つの小展示室と廊下兼展示場の小さなスペースだ。普段よく見られる物体が置いてあるのだが、吟味され丁寧に造られた展示空間と、飽きさせない展示方法で真心が感じられ、また楽しく鑑賞できる博物館である。

 今回訪ねた際は、クラブシーンやサブカルチャーを週ごとに紹介し、ベルリン、ハンブルク、N.Y.そして東京でも発行されている無料情報誌、フライヤーコレクション展が行われていた。フライヤーの表紙は毎回、すでにある商品のデザイン大枠をそのままそっくり頂戴して、「フライヤー調」に仕立て上げているのが特徴だ。博物館では、この表紙とそのデザイン参考商品となった品が隣同士に並べられ、つり下げられていた。これら雑誌を集めている人には念願のご対面場面であろう。他には、モノ博物館出版のカタログ、本の回顧展、そしてモノ博物館所蔵展があった。

 博物館という箱は展示物と私たちの間に不思議な距離を生じさせてくれる。ここに集められたさまざまな「普通のモノ」を見ていると、モノの単なる役割を考えるだけではなく、集めてしまうという人間の行為とは何だという疑問も湧いてくる。もちろん博物館という存在は、集められたモノの宝庫である。しかし他の館では価値ある作品や遺物を見ることが精一杯で、集めるという人間の基本的習性について一考するということにはいかないだろう。モノ博物館では1つひとつのそこにあるモノの価値が平等であることで、逆に他では見られないところが見えてくる。モノとモノの関係、それを集めてしまう人という存在が伝わってくるのである。


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